鮎沢PA(下り線)

今週末の土曜日は行楽日和だと云います。今シーズンのバイクツーリングは終わりのはずでしたが、気が変わりました。金曜の夜の天気予報では、静岡地方が快晴の予報。その他は曇りときどき晴れ。従ってツーリングの行き先は静岡方面にして、とりあえず東名を下ります。

9:00にスタート予定が出発できません。またバッテリーの電圧不足です。2年半前の2008年4月に購入したバッテリー。それにSC40のエンジン始動は2週間ぶり。バッテリー寿命はこんなもんでしょうか。

前回と同様、Vitzの力を借りてエンジン始動。9時20分、横須賀ICのETCゲートを通過して横浜町田から東名道。天気予報通り、神奈川県では曇りですが西の方は青空が広がってます。東名入口の電光掲示板では「渋滞7km、25分」でしたが、本線に入るとけっこうスムーズに流れてます。混雑は厚木ICの手前まで。東名道は丹沢の山を右手に見ながら伊勢原・秦野の丘陵地帯へウネウネと入っていきます。

中井PAはアップダウンとカーブの連続する途中にあり、出入りに神経を使うところ。今日はパスして引き続きカーブの坂道を登っていきます。そのワインディングの終わるところ、上り坂から下り坂に変わると正面に大きな富士山が現れました。2週間前とは全く違い、うっすらと雪化粧した富士の山。

大井松田ICを過ぎると再び上り坂。今日は鮎沢PAに寄りたいので左ルートを走ります。何故か都夫良野トンネルあたりは車線変更禁止のイエローライン。多分、昔に車線変更が原因で事故が多発したのでしょう。左右のルートが出来て交通量が減ったので、イエローラインは止めてもいいと思います。

御殿場の高原へ向けて勾配を登っていくと、天気・景色・気温が劇的に変わってきます。曇り空は澄みきった青空へ。緑豊かな雑木林は鮮やかに色づき、富士山も大きくなってきました。それに、標高が上がってくると、風が冷たくなってきました。

横横の横須賀からちょうど1時間で、鮎沢PAに到着。色づいた山々に囲まれた小じんまりした静かなPAです。
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小さなPAですが、トラックや観光バスが思いのほかたくさん。観光バスなどは、海老名などの大SAでなく、このクラスのPAの方がいいかも。時間になっても戻ってこないお客さんをすぐに探し出せます。

PAの西側、深紅に色づいたもみじが。
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近づくと、目に刺さるような赤です。カメラの性能か撮り方か、本物はもっと刺激的な赤でした。
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時間はまだ早いですが、寒いしちょっと小腹が空いたので、ラーメンでも食べましょうか。最近、PAラーメンにはまってます。自動販売機で「ラーメン」500円を発券。ここは発券されると厨房にデータが行くタイプ。
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約5分後に出てきたラーメン。玉子は丸ごと1個です。
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結論は「けっこう美味しかった」です。玉子の黄身はちゃんと半熟。気のせいかもしれませんが、先々週食べた鮎沢PA(上り)より美味しいと思いました。

ラーメンでお腹を暖かくして、富士を拝んで色づいた山々を眺め、煙草を一服。
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先々週と同じ富士山一周もいいかも。と思いましたが、確か山梨より静岡の方が快晴の確率は高確率。次の休憩は由比PAと決めて、鮎沢PAをスタートしました。
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12:33 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

由比PA

鮎沢PAから本線に戻って暫く走ると、上り線の大きな橋が見えます。そこで下り線は左右のルートが合流。登板車線も含めて4車線の幅広い下り線です。御殿場ICを過ぎると下り坂。先日停まった駒門PAは、第二東名とのJCT予定地のすぐとなり。

沼津ICを過ぎるころ、気付くと寒さはなくなってました。愛鷹PAの先、後ろから赤灯を点けたパトカーが1台やってきました。追越車線を走ってた車は、素直に走行車線へ戻ります。パトカーは空いた追越車線を120km/hぐらいで先へ行きました。

鮎沢PAから40分走った11時30分、由比PAに到着。多分、ここは東名で一番小さなPA。これが全景です。これでも最近新しくなり、飲料の自動販売機とトイレに加えて、小さな展望台ができました。
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建物の両端は小さなトイレになっていて、2Fの展望台へ続く階段。そして道路交通情報を表示する大型ディスプレイがあるだけの、無人のPA。
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でも、ここは最高のロケーション。駿河湾の蒼い海と富士の山が望めます。それに、日本で一番海に近いPAではないでしょうか。
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秋の陽に輝くSC40。こうして見ると、全く洗車してないとは思えないぐらい、けっこう綺麗に見えます。
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鮎沢PAのそばの御殿場ICは東名道最高所の454m。晩秋の空気の冷たい御殿場高原から、温暖な駿河湾岸まで下ってきました。ここは、ほぼ海抜ゼロメートル。気温も急激に上昇して、暖かい小春日和。

次の清水ICで東名をおりて、ここ由比のあたりを走るつもりです。
13:12 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

東海道の急所

由比PAから本線に戻るとすぐにトンネルに入り、駿河湾とはお別れ。いくつかのトンネルを貫けると清水ICです。横浜町田からの通行料金は1,150円。

このICは国道1号線の静清BPに直結してて、しごく便利なIC。右へいくとこのバイパスは丸子へ直結、左へ行くと、すぐに富士由比BP。今日は戻る方向、さっき休憩したPAのある由比へ向かいます。
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新幹線のガードをくぐると高速道と変わらない道が始まります。静清BPと富士由比BPとの境はどこか。それは興津ICだそうです。興津ICから西側の静清BPには並行する旧道の国道1号線がありますが、興津から富士方面の国道1号線は富士由比バイパスしかありません。

東名道が海岸線にでてくるポイント。富士山が良く見えます。
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由比では、東海道本線・国道1号線・東名道が海岸線を並んで走ります。
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由比と興津との間は、険しい山が駿河湾の海岸まで迫ってて、間違えなくここは東海道の難所のひとつ。海岸に道を作れなかった江戸時代、旧東海道は、さった峠を通ってました。その海岸線を東海道本線と国道1号線は走ります。明治の文明開化で護岸工事技術が飛躍的に向上した結果です。さらに、東海道新幹線・東名道は、さった峠の下をトンネルで通過します。

正にここは、東海道の急所。東京・大阪間で、これだけ狭いところに各種交通機関が寄り添うように走る場所は、由比以外にありません。
17:25 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

さった峠

ここを左へ曲がって急坂を登っていくと、1.3km先にさった峠があります。つまりここは旧東海道。参勤交代の大名行列もここを通りました。
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かなり厳しい登り勾配です。
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蜜柑畑のなかを暫くいって振返ると、駿河湾と富士山が望めました。
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自家用車が10台も停められない、狭い駐車場があり、そこからは蜜柑畑の中を歩いていきます。富士山と海に加えて、各種交通機関が見え始めました。
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駐車場からは5分も歩かず、このビュースポットに到着。有名なさった峠です。
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歌川広重もここから絵を描いてます。云わずと知れた「東海道五十三次」 ここは、今も昔も交通の要所。国土交通省による地すべり対策が行われているそうです。
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このすぐ下には東海道新幹線も走ってます。ここに爆弾一発。多分日本経済にとっては一番効果的な攻撃になると思います。
17:54 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

JR由比駅

さった峠からは興津方面行かず、由比方面に戻ってきました。坂道を降りたところには由比の市街地のはじっこ。ここは間違いなく旧東海道筋。古い蔵などが並びます。電柱とアスファルト舗装がなくなれば、多分150年前とあまり変わらない風景でしょう。
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2kmほどその街道筋をいくと、JR東海道線の由比駅前です。
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由比と云えば、さった峠より「さくら海老」が全国的に有名。駅前の観光案内図でも駿河湾のさくら海老が踊ってます。
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昔、さくら海老は干したものしか流通しておらず、僕が食べたさくら海老も「お好み焼き」の彩りとして添えられてたものです。その後の流通革命により、全国で生さくら海老や釜上げ、それにかき揚げなどが食べられるようになりました。このさくら海老、日本ではここ由比漁港がダントツの水揚げを誇ります。というか、由比と焼津でしか、さくら海老は揚りません。

僕は由比にきて何度かさくら海老を食べたことがあります。けっこう美味しいと思いますが、さっきラーメン食べたばかりなので、今日はやめときます。

これから、標高707mの浜石岳まで行こうと思います。山頂のすぐそばまで舗装路があり、絶景が見渡せる割には便利なところです。

旧東海道から「浜石岳」の表示に従って、山の方へ入っていきます。すると、すぐに新幹線の跨線橋がありました。待つまでもなく、すぐに下り電車がやってきました。すごいスピードです。この緩やかなカーブにキツイ線路の傾きがそのスピードを裏付けます。
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それにしても、最近の新幹線は静かになったものです。昔はモーター音と風切音に加え、架線とパンタグラフが擦れるスパーク音。こんなそばで見てると恐怖さえ感じる音でしたが、今では在来線より静かではないでしょうか。
18:30 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

急勾配を登る

東海道新幹線の跨線橋を越えると、斜面に住宅が点々と立ち並ぶなかの坂道を登っていきます。由比の街は、海岸に沿って細長く人家が絶えません。その上、山の斜面にまで多数の住宅があるということは、相当の人口があるということ。さくら海老などの漁業、蜜柑などの農業、加えてさった峠や旧東海道の宿場跡などの観光があり、この町は見た目より経済的に活性化されてるかもしれません。

そんなことを考えながら、ギアを2速に入れたSC40でトコトコと坂を登っていきます。
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そのうち人家はなくなり、道は蜜柑畑の中をいくようになります。1速に落とさないと登れないヘアピンコーナーをいくつも通り、標高がグングン上がっていることは、チラリと見える駿河湾からもわかります。
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急な登り坂が終わると、一瞬山里の長閑な台地となりますが、それはすぐに終わり再び急勾配の登り坂になりました。浜石岳へ通じる道は1本ではなく、蜜柑畑を縦横に走る農道を通っていくつかの道筋があります。でもここまで登ってきたら、あとは一本道のはず。
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新幹線の線路を越えて20分、浜石峠のそばの駐車場に到着。駐車場といっても、小型車が10台の停めたら満杯の狭い土地。でもここからの眺めも頂上と変わらず絶景です。

その駐車場から、こんな階段を数分登ると標高707mの浜石岳頂上に到着します。
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21:59 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

浜石岳、山頂

これが浜石岳山頂から見る富士の山。なんとも、雄大です。富士山手前の市街地は、多分富士宮です。
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駿河湾岸を望みます。正面の市街地は富士市街。
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西の方角は清水市街。大きな熊手のような地形、砂嘴(さし)と云います。
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北側は、南アルプスの山々。奥の方の高い山には冠雪を迎えてるところもあります。
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やはり、何んと云ってもここからの絶景は富士の山。
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今は土曜日の昼の12時45分。浜石岳頂上で、お弁当中のハイカーは3組。みなさん、美味しそうに楽しそうに、お弁当を召上がってます。その声以外に聞こえるのは、遠く東名を走るトラックの走行音。音は上へあがっていくという話、本当なんですね。
22:22 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

由比本陣

由比は旧東海道の宿場町。町は街道に沿って細長く伸びており、その中心がここ本陣跡。今では観光施設となってます。広重の美術館なども併設してました。
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本陣とは江戸時代の宿場の中心で、何処の宿場にもありました。そこは上級武士やお公家など身分の高かった方々専用のお宿です。参勤交代で旅する諸藩の大名も、各宿場では本陣を利用しました。でも本陣は今でいう高級旅館ではありません。お風呂などは五衛門風呂も普通で、食事もかなり粗食だったそうです。

その本陣の庭がここ。手入れの行き届いた、居るだけで心の和む庭です。本陣だった当時に多分芝生はなく、築山や池などがあり、盆栽などが植わってたと思います。
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ここの紅葉は、あと数週間先でしょう。
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明治の詩人、島崎藤村の生家は中山道馬篭宿の本陣でした。藤村の小説「夜明け前」には、本陣・問屋・脇本陣など、幕末の宿場の状況がよく描かれてます。それは江戸末期・幕末・明治と、時代の移り変わりを田舎の小さな宿場の視線から描いた大作。ちなみに、馬篭宿本陣跡は、藤村記念館となってます。
22:45 | '10.11由比 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑