春の休日、横川

2001年5月連休の1週間ほど前、家内と子供を連れて3人でハイキングに行ったのが横川でした。

武蔵浦和から大宮で乗り換えて高崎線の前橋行き。高崎からは信越本線で30分ぐらい、終点の横川駅で下車しました。その日は風のない快晴、五月晴れの日。駅前にある鉄道文化村は後回しにして碓氷峠方面に歩いていくと、線路が下り線だけ残ってて、上り線は土が盛られて遊歩道になってます。

残念ながらこの残された線路と鉄道文化村との間は分断されてました。

何処まで行けるか分かりませんが、その線路跡を僕たちは歩きはじめます。
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真っ直ぐな緩い上り坂を延々と歩きます。遠くに上信越道の高架橋が見えますが、なかなかそれを越えません。その大きな高架橋を越えると、右手にレンガ作りの古い建物が見えてきました。なんでも、信越本線の変電所だった建物だそうです。そういえば、当時の国鉄で最初に電化されたのがここ、横川-軽井沢間。

新しくできた温泉施設の脇から、ハイキングコースは複線電化されてた信越本線を離れ、それ以前の旧信越本線の跡を辿る道となります。昭和40年代まで活躍してたアプト式線路の跡です。その線路跡はかなり厳しい登り勾配で、いくつかのトンネルをぬけてグングン高度があがります。

その廃線跡の道は眼鏡橋、通称碓氷第三橋梁まで続いていました。

その眼鏡橋で廃線跡の道とはお別れ。階段を降りて中山道の旧道へおりて、すぐに碓氷湖へ下るハイキングコースを歩きます。碓氷湖畔を越えて、さっき見た新しい温泉施設に行ってみます。峠の湯といい、オープンしたばかり。そこのレストランで昼食にしましたが、開店したばかりの店で、店員さんは要領が得ずてんてこ舞い。

食後は坂本宿の街並みから横川の鉄道文化村まで、中山道を歩きます。

鉄道文化村は子供たちで大混雑。懐かしい列車がたくさん並んでました。でも子供と家内はどうでもいいみたい。ここでは、講習を受けると本物の電気機関車が運転できます。申し込もうかとも思いましたが、今日申し込んでも運転できるのは後日になるので、やめました。それに高かったし。

子供にとって、今回のお出掛けの一番の目的はこれ。生まれて始めての新幹線。
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高崎-大宮間のわずかな時間。子供は窓の外を見て「速い速いっ」って云ってました。
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二回目の舘山寺温泉

今年は、会社の温泉宴会が2回あります。というか、2回出席できます。最初は一度いったことのある舘山寺温泉です。前回は1995年。6年前です。そのときは東戸塚に住んでいましたが、今では浦和。ちょっと距離があるが、もちろんバイクでいきます。天気は快晴。最初は漠然と距離も考えずに茅野まで甲州街道を下って、R152を南下して浜松に行こうと思ってました。今回に限り、家内がお弁当を作ってくれました。ありがたい。

5時に出発。R17中山道を都心方面に向かいます。戸田橋を渡り板橋から環七内回りへ。早朝にもかかわらず、交通量はかなりあります。環八と比較すると立体が整備されてるので、こちらの方が走りやすいと思います。(この当時は) それから大原交差点を右折してR20甲州街道を下ります。時間はまだ6時。最初は首都高の下の整備された3車線道路。そのうち、片側2車線だが、路肩のない狭い道となります。調布・府中と下っていくが、信号ばかりであまり面白くありません。そのうち、トイレに行きたくなりました。八王子まで遠く感じました。駅前にバイクを停め、見渡すと丁度交番の脇に公衆トイレを発見。間一髪でした。

高尾からは大垂水峠。ここを走るのは始めてです。原チャリレーサーに抜かれたが、気にせずマイペースで走ります。峠を降ると相模湖。ここからは走り慣れた道です。当然中央道には入らずR20をいきます。大月を過ぎ、笹子峠を走ります。今回は、先が長いので笹子トンネルを行きます。

トンネルを抜けたら道の駅甲斐大和で休憩です。すでに時間は9時。ここまで4時間もかかってます。あと8時間走っても茅野経由では舘山寺につけそうもありません。でももう少し走ってみます。甲府盆地は中央道を走るとすぐ信州へ向う登り坂になるが、R20ではそうはいきません。甲府昭和ICを過ぎるまで、大和から1時間ぐらいかかりました。そこで、身延線のルートにあっさり変更します。が、道が分かりません。このころは、地図を持たずに走ってました。適当に走ってR52にでたのは、それからさらに1時間。もう11時ちかくです。

富士川に沿って南下します。トラックが結構多く、あまり面白い道ではありませんでした。12時過ぎに道の駅とみざわで、お弁当を食べます。ありがたく食べます。だが、天気は曇ってきました。食べ終わって走り始めると、山道になりました。R52は、富士川沿いをR1まで続く道だと思っていたがそうではありません。そして東海道R1と合流したのは、興津でした。しばらく海をみて一服します。

ここからは、R1東海道を下っていきます。時間は既に13時を回ってます。静清BPは使いましたが、有料バイパスはパス。ひたすら旧道を走ります。そしてとうとう、天竜川を渡って浜松市内へは入りました。しかし、舘山寺へ行く道がわかりません。昔いったことがあるということで、適当に走ったからです。かなり迷いました。幹線道路を外れるとなかなか交通表示板がありません。やっとのことで、舘山寺へ向かう県道を見つけました。うる覚えの道を走り、やっと宴会場のホテルを見つけました。ちょうど4時でした。

翌日は曇り。いまにも雨が降りそうです。9時に舘山寺のホテル出発。浜松市内を目指して走り、あとはR1をひたすら走ります。日曜の午前中のため、ハイペースで走れます。静岡市内をバイパスで抜け、清水から海沿いを走るも富士山は見えません。箱根も新道は使わず畑宿経由。それでも西湘バイパスだけは使いました。R134からR1に入り、横浜新道の戸塚料金所で休憩。それから第三京浜で環八を右折。世田谷通りから環七外回りを走り、大原から先は昨日同じ道。14時ごろ浦和の家に到着しました。雨が心配で、何も食べなかったせいで、かなりお腹が空きました。
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2001年の夏休み

2001年の夏、家内の両親を連れて信州から黒部・高山を旅行しました。

当時住んでいた武蔵浦和の24時間営業のレンタカー屋で、午前0時にワンボックスを3日間レンタル。家内と子供を乗せて戸田北から首都高・横横と走り、家内の実家の三浦海岸へ。待ってた家内の両親を乗せて再び横横・国道16号線を走り、相模湖ICから中央道に入ったときは午前3時過ぎ。

最初のSA談合坂で最初の休憩。まだ中央道に入ったばかりですが既に3時間以上走ってます。年寄りと子供は睡眠中。僕と家内はお腹が空いたので、SAの軽食コーナーで喜多方ラーメンを注文。あまり美味しくはなかった。(たまたまですが、僕は談合坂下りで美味しいものに巡り合ったことはありません)

一応お腹が満たされたので、闇夜の中央道を下ります。八ヶ岳PAあたりから空がうっすらと明るくなり、僕はそのころから眠くてしょうがありません。昨日は普通に仕事、全く寝てないので。

明るくなった諏訪湖SAに到着、冷たい水で顔を洗い少しはスッキリしますが、本調子には戻りません。諏訪湖を出発するとすぐに中央道から長野道。次の梓川SAが最後のSAになるのいで、ピットイン。僕以外の4人はお腹が空いたというので開店したばかりのレストランで朝食。焼きたてのパンは絶品だったとのこと。眠気に勝てない僕だけは車中で爆睡。

その日、その時間は快晴。豊科ICで長野道をおりたときは既に夏の陽射しでした。

白馬への到着は8時ごろ、八方尾根のリフトに乗る前に是非行ってみたかったのがここ、長野オリンピックでの男子団体ジャンプの会場です。テレビを見ててあれほど感動したことはありません。奇跡のような金メダルでした。
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夏の朝、誰もいない観戦スタンド、緑の山々、強い陽射し、そしてセミの声。そのうち、観光用のリフトが動き始め、僕たちはてっぺんまで登ってみました。すごい高さです。ラージヒルのほうは入れませんでしたが、ノーマルヒルのジャンプ台へは選手が滑走開始するところまで行けました。下がみえません。よくここから滑り降りられるものです。

暫くするとスキー板を抱えた選手たちがやってきて、ジャンプの練習が始まりました。話には聞いたことがありました、サマージャンプです。ジャンプ台の上からみてると、まるで、選手たちは飛び降りるようです。「飛ぶ」というより「落ちていく」という感じ。

下からみると、これまたすごい迫力があります。飛んでます。そして選手によって飛び方も色々。きれいに飛んでる選手はそれなりに飛距離も伸びてるようです。たまたまでしたが、いいものを見させてもらいました。

それから僕たちはリフト3本を乗り継いで、八方の高原へ。そのころは雲が多く下界の眺めはイマイチでしたが、清々しい高原の空気と高山植物を堪能。ちょっとだけ登山の気分を味わいました。

その日の昼食は小谷村。千国街道沿いのおたり名産館で美味しいざる蕎麦を頂きました。地元のおばちゃん数人でやってるお店で、実に素朴な味の蕎麦。

食後は千国街道を糸魚川まで走り、北陸道をひと区間だけ使って親不知。ICそばの海水浴場の海の家へ。僕と子供は海へ。残り3人は海辺でおしゃべり。午後になると風が出てきて波もかなり高くなってます。海へ入って沖へでれば浮輪の上でプカプカ遊べると思いましたが、かなりの波。子供が怖がるので、早々に海水浴は取りやめ。翡翠ふるさと館で大きなヒスイを見て、その日の宿の糸魚川へ向かいます。

その宿は糸魚川では大きな民宿で結婚式場なども完備してます。部屋に入るとみなさんお疲れで、夕食まで座布団を枕に寝入ってしまいました。僕はひとりで糸魚川駅前まで探検に。夕食は日本海の海の幸が盛りだくさん。ビールを飲んだ僕には食べ切れないほど。

翌日は、親不知観光から。高い断崖の上から日本海を眺めます。親不知にはあまり長居せず、親不知ICから北陸道に入って次の朝日ICでおり、宇奈月を目指します。途中のセブンで昼食のオニギリを大量購入。宇奈月まできた目的は、黒部渓谷鉄道。あまりにも人が多いので驚きました。欅平までの往復切符を買ってトロッコ電車に乗り込みます。
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欅平では深い渓谷の河原で昼食のオニギリ。こういうところで食べると、普通に食べてるオニギリが、ホントにより美味しく感じます。

宇奈月に帰りついた僕たちは、温泉には入らず車で移動。その日の宿の国民宿舎を目指します。立山のそばの有峰口にある白樺ハイツというところ。夕方になってくると、晴れてた空は曇り空へ。台風が近づいてると、ラジオでは云ってました。

翌日は完璧な曇り空。それもかなり暗い曇り空。この旅行の最終日、何処へ行こうか迷います。台風から逃げるように新潟方面の柏崎から越後湯沢経由で帰ろうか、せっかく富山まできたので白川郷・高山をまわって松本から帰ろうか。天気は心配ですが白川郷に決めました。

北陸道立山ICから金沢方面へ走り、砺波のJCTから東海北陸道。途中からは恐れてた雨天走行になり、終点の五箇山からは国道156号線。白川郷へ着いたとき、雨は降ったり止んだり。合掌造りの里を散策します。
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白川郷から高山までの国道360号線の道のりはかなりの悪路。車酔いに弱い、家内の母と子供には辛かったと思います。距離的には遠回りでも国道156号線・158号線を走ったほうが速くて楽だったかもしれません。

昼食は国道41号線の途中にあった高山ラーメン屋。細麺のあっさりスープのラーメンで、結構美味しかった。高山市内散策は雨なので諦め、物産館へ立ち寄ります。飛騨高山の名産品が並び、みんなには楽しかったかも。

高山を出発した夕方には本格的な雨模様。国道158号線を松本方面に向かいます。ワイパーはほとんどハイスピード。トンネルに入るとホッとします。北アルプスを安房トンネルでぬけて、飛騨から信州へ。松本からの長野道・中央道も雨と風のなかを走ります。

相模湖で中央道をおりて相模原まできたとき、その雨と風は頂点に達しました。渋滞してる国道16号線を横浜方面へ向けて走ります。

その大雨と大風は、新保土ヶ谷ICから横横へ入るとパッタリとおさまり、横須賀PAで最後の休憩をしたときは、星が見えるほどまでに回復。

三浦で家内の両親をおろしたとき、時間は21時を過ぎてました。速く浦和に戻って車を返さないと。天気は回復したので、横横も首都高もかなりハイペースで走ることができ、戸田北で首都高をおりて浦和についたときは、まだ23時前。

キッカリ3日間で車を返しました。


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今年2回目、焼津温泉

今年2回目の会社の宴会は静岡県の焼津です。今年だけ特別に2回参加できます。ちょっと前に浜名湖まで行ってるので、それと比べると今回は近距離です。ゆっくり出発です。8時に出発して日本橋の会社へ。1時間ほど仕事をしてからツーリングのスタートです。天気は普通の晴れでした。

昭和通りを汐留から産業道路へ。鈴が森からR15第一京浜を走ります。ここからは箱根駅伝コースです。横浜駅前・保土ヶ谷・権太坂・平戸と走り、不動坂からワンマン道路で横浜新道へ出ます。影取から駅伝コースを外れ藤沢BPを辻堂まで。ここで左折して駅を越えます。時間は昼過ぎの13時。見つけた小さな中華屋でラーメンと小ライス。味は覚えてないので、それほど美味しくはなかったのでしょう。

海沿いのR134へ出て、西湘・箱根新道と走ります。それから先も沼津・富士・清水とR1を走ります。それほど時間はかからず、道の駅宇津ノ谷峠へ到着。焼津はもうすぐそこです。ここを出たのは16時、旧道のトンネルを越え焼津市内へ入ります。目指す宴会場のホテルはすぐに見つかりました。太平洋を見下ろす高台でした。

翌日は9時に出発。大崩海岸を走ります。路面はあまりよくありませんが、楽しい道です。それから安倍川沿いに左折して静清BPに入ります。清水を過ぎ、海岸沿いを走って道の駅富士で休憩。天気は快晴。富士山がよく見えます。ここで思い立ちました。富士山五合目に行こう。次の大きな交差点を左折して富士宮方面へ向います。丁度新富士駅の前を通り、まっすぐいくと有料道路なので、左折しR139の一般道を走ります。

この小泉若宮というところは、どの方向からきても、どの時間でも渋滞してます。すくなくとも、僕が通るときは必ず渋滞です。R139をちょっといくと、富士山五合目右折の表示がありました。ここから登り坂になりました。最初はなだらかな坂でしたが、途中からぐんぐん登ります。富士山スカイラインに入ると急に寒くなりました。ヤッケを取り出して羽織ります。

なおも登ります。旧料金所を通過し富士を見上げると、五合目はもうすぐでしょうか。そしてとうとう五合目駐車場に到着しました。晴れてはいますが、風が冷たく感じます。というか非常に寒いです。ここまで登ってくると、下界は雲でなにも見えません。ちょっと残念でした。寒いので、一服してすぐ山を降ります。旧料金所のところを今度は左折して御殿場方面に向かいます。

御殿場までは行かず、途中を左折してR138に入り山中湖方面へ向かいます。時間は13時過ぎ、お腹が空いたので須走でサッポロラーメン屋に入りました。久しぶりの「どさんこ」です。札幌系は元々好みのせいもあるが、けっこう美味しく戴きました。籠坂峠を越えて山中湖に出たところを右折して、R413道志みちへ向かいます。

道志みちに右折する交差点も、いつも混んでる気がします。山伏峠を越えて快適な道志みちを走ります。今日は、このままR413を走るのでなく、藤野方面へ途中を左折します。藤野からはR20甲州街道を大原交差点まで走ります。ここから先、家までは5月に浜松にいったときと逆ルートになります。18時に浦和の家に到着しました。富士山は寒かったというのが、今回の一番の思い出です。
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せっかくの泊まりですが熱海往復だけ

今日は、会社の宴会が熱海であります。快晴です。当然バイクでいきますが、ちょうど子供の運動会と重なりました。本当は早朝にスタートし、色々まわって熱海にいきたいのですが、家族の手前そうもいきません。

元コックだった義父が美味しいお弁当を作ってきてくれて、運動会の観戦開始。無事に午前の部も終わり、美味しいお弁当を頂きました。そして午後は父兄参加プログラム。僕と家内もビーチボールをふたりで持って走るリレーみたいな競技に出場。

最後のリレーが終わったころを見計らって、僕だけひと足先に帰り、熱海へのツーリング開始です。熱海へは、国道134号線、国道1号線、そして135号線で終わり。ツーリングとしてはちょっと近すぎます。

15時ごろ横須賀をCB400SFで出発。田浦・逗子を通り、鎌倉の滑川で給油。すでに廻りは夕方の雰囲気です。江ノ島、馬入川を越えて西湘バイパスには入らず一本山側の国道1号線を走ります。途中大磯あたりのコンビニ(たしかサンクス)で休憩。小田原からの国道135号は青空にも恵まれた、絶好のツーリングとなりました。真鶴道路には入らず、ビーチラインも使わずに熱海入り。

目指す大野屋に到着したのは16時半ごろ。早速ビールで乾杯してローマ風呂へ。

翌日は、ちょっと伊豆を走ろうと思ってましたが、飲みすぎで頭痛。昨日に引き続き快晴ですが、チェックアウトギリギリの10時にホテルを出て国道135号線を小田原方面へ。昨日の同じ道と通って横須賀へ帰ってきたのは13時ごろ。

何となくもったいない、1泊ツーリングでした。
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