原付免許を取ってCB50を買う

それは高校2年の夏のことでした。

夏休みに入ったころ、中学生時代の友達T君が突然DAX50でやってきました。原付免許をとって、親に買ってもらったそうです。ギアとクラッチの操作をちょっと教えてもらい、ためしに運転させてもらいました。当然、エンスト。何回かやってるうちに1速では走れるようになりましたが、シフトアップがなかなかできません。パワーの無いバイクだったので、フロントアップ→転倒は、まぬがれました。

それから、無償にバイクが欲しくなりました。

これもまた中学の友達、U君の紹介で夏休みだけのアルバイトをはじめました。仕事は空瓶回収です。2tトラックの助手席に乗り、酒屋を回る仕事です。U君もヤマハのミニトレをもっており、バイトが終わると運転させてもらい、クラッチミートの練習をやらせてもらいました。また、バイトと同時に本屋で試験問題集と月刊オートバイを買ってきて、試験勉強とバイク選定をはじめました。そして、8月中旬までに10万円ほどたまりました。

CB50バイトの休みの日曜日、U君といっしょに上野のバイク街へ行き、気に入ったCB50を即決しました。8万5千円と横浜までの陸送代5千円。どうしてCB50かというと、スポーツタイプの4ストは他になかったからです。そして、数日後にバイトを休んで二俣川で受験。45点でしたが、一発で合格しました。


そして、数日後にCB50が納車。こうして、僕のバイクライフが始まりました。
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自動二輪免許(中型限定)取得

僕は高校以来、バイクは原チャリしか乗ったことがありませんでした。ふと思い立ち、バイクの免許をとることにしました。

理由①;職場(勤務地)が変わり、以前より休みが取りやすくなった。
理由②;それまで乗ってたスクーターにあきてきたし、当時小さかった子供が
     バイクに乗りたがった。
理由③;道交法が改正される予定で、今とらないとますます二輪免許取得が難しくなる。

ということで、当時住んでた東戸塚からバイク(原チャリ)で20分のところにある、京急上大岡自動車学校に入校しました。確か入校は5月末。自動二輪(中型限定)免許の取得は8月末で、道交法改正のギリギリだったと記憶してます。

座学教習が思いのほか多かったと記憶してます。30時間ぐらいだったでしょうか。実地教習も1段階から3段階まで、これも20時間は乗ったと思います。費用は20万円ぐらいでした。卒業検定も含めてダブリはありませんでした。

それまでは僕は、ホンダのスクーターデュオに乗っていて、駅までの通勤と買い物、そして会社の休日出勤(東京まで)に使ってました。中型免許をとっても新しく買うバイクは、スクーターに決めてました。子供を乗せられる(後ろではなく前に)ことが条件だったし、駅までの通勤にも使いたかったので。排気量は高速を走れる250cc。当時は今のように400cc超のスクーターはありませんでした。

fw当時の選択できるバイクは、ホンダのフュージョンとフリーウェイ、そして出たばかりのヤマハのマジェスティの3機種でした。よく調べもせず、ホンダが好きだった僕はヤマハのマジェスティは除外。フュージョンは異常に大きく感じたので、コンパクトなフリーウェイに決めました。40万円ぐらいでした。

バイクを買い替える日の朝、まだ幼かった子供が今まであったデュオとサヨナラしなければならないので、目を潤ませてたのを覚えてます。納車して早速、横浜新道の川上IC(当時は料金所なし)から首都高狩場線・湾岸線を走り、ベイブリッジを渡って大黒PAまで行って帰ってきました。始めてバイクで走る高速は、さすがに緊張しました。

原チャリとフリーウェイとの大きな違いは、やはりスピードです。原チャリではメータ読みで60Km/hぐらいで加速がとまりましたが、フリーウェイは80Km/hを越えても加速がとまりません。当たり前ですが。また最初に乗ったとき、バイザーなしのヘルメットでは風圧で涙が止まらなかったのを覚えてます。

免許をとってバイクも買いましたが、道交法で1年間はタンデムができません。子供を乗せて走るのはまだまだ先のことです。
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子供とバイク

17歳から色々な原チャリを乗ってきて、30歳を過ぎて自動二輪免許を取ったひとつの理由が、「子供をバイクに乗せたい」でした。当時、家から東戸塚の駅までは歩いて25分。原チャリで駅まで通ってたので、大きなバイクに代えても駅までの脚には使いたい。高速道路も走りたい。それを考えるとBestの選択がホンダのフリーウェイでした。

上大岡の教習所に3ヵ月ほど通い、自動二輪(中型限定)を取得してすぐフリーウェイを購入。でも1年間はタンデム禁止。晴れて子供を乗せてバイクに乗るようになったのは'97年。子供は4歳になってました。
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最初は近所のスーパーまで。子供も慣れてくるとあっちこっち連れてけと云います。ドリームランドや舞岡公園などには良く行きました。それと南区の僕の実家へも。最初子供を乗せて行き、一度戻って家内を乗せて。電車で行くより、その方が速かった。

子供が一番「行きたい」と云ったのが、大田区の萩中公園です。色々な乗り物があったり、色々な自転車を貸してもらって乗ることができたので。

東戸塚からすぐ入れる横浜新道は二人乗り禁止。権太坂から国道1号線をずっと走り、生麦あたりからは産業道路、横羽線の下を走ります。多摩川を渡ってすぐ左折すると萩中公園に到着。1時間とちょっと。

帰りも同じ道を走ってきますが、だいたい横浜駅前を過ぎると子供はウトウトしてきます。信号で止まった時、跳躍させたり、コンビニでアイスを食べさせたり。行きの倍ぐらいの時間が掛かりました。

子供を乗せてるときは特に慎重に走りましたが、今考えると、何事もなくてホント良かったと思います。

子供がバイクに乗ってくれたのは、小学校4年生ぐらいまで。今では車があるので、家内も乗ってはくれません。家内と子供用のヘルメットは置き場所に困り、最近破棄しました。子供も既に原チャリの免許が取れる歳。今のところ部活以外に興味はないようです。
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フリーウェイからCB400SFへ

二輪免許を取って、フリーウェイ購入から2年半。400ccギア付きのバイクがどうしても欲しくなってきました。
w乗換えるのであれば、やはりホンダのCB。昔からの憧れの4気筒です。そしてとうとう、東戸塚のバイク屋さんで程度のよいCB400SFを見つけました。色はエンジ系の赤。92年車だったと記憶してます。車検半年付きでフリーウェイ下取りを含め、25万円ほどでした。


乗ってみて感じたのは、やはりパワーが違うことです。そして6速のシフトアップ・ダウンも面白い。フリーウェイではなんとなく怖かった第三京浜や横浜新道も、楽々車の流れに乗れます。今考えると、そこそこパワーもあり、とり回しの楽なバランスの取れたバイクでした。

バイクを乗換えて一週間後、僕たち家族は東戸塚から浦和へ引越しました。そしてその後は、秩父方面・碓氷軽井沢方面・沼田水上方面・日光方面によく行くようになります。
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愛車が盗難に

この日、僕は友達の結婚式で新潟県の長岡に行くため早朝に家をでました。するとあるべき場所に愛車のCB400SFがありません。バイクカバーだけが転がってます。あせりました。すぐ、110番へ連絡。でも新幹線の時間があるため、行かなければいけません。後は家内に頼み、駅へ急ぎました。

幸い、盗難保険に入ってたため、バイク屋さんに状況を詳しく書いた手紙を、盗難届けとあわせて郵送しておきました。万が一、盗まれたバイクがでてこなくとも、それ相当のバイクが手に入るはずです。期限は一ヶ月です。

そして、盗難の日から約20日たった、7月15日に警察からバイク発見の連絡があり、早速南浦和駅前交番に行きました。すると、無残にもボロボロになった僕のバイクが置いてありました。鍵は壊され、タンクはへこみ、マフラーはありませんでした。

おまわりさんの話では、中学生によるバイク盗難が流行っており、今回もその仕業らしいとのこと。1週間以上前からこのバイクは浦和競馬場のちかくのドブ川に落ちていたとのこと。悔しさを通り越してあきれてしまいました。人の物を盗んでおいて、騒音を撒き散らして遊び、ガソリンが無くなったら捨てる。そんなやつは、子供であろうと、天罰を受けることになるでしょう。

東戸塚のバイク屋さんに引き取りにきてもらってから1ヶ月以上たち、修理完了の連絡をもらってバイクを取りにいったのは、盗難から2ヶ月ほどたった8月15日でした。整備は保険で済みましたが、陸送代3万円は僕の負担です。

正直、盗難バイクは発見されない方がいいと思ってました。しかし、バイク屋さんが一生懸命直してくれた愛車を見て、なお一層の愛着が湧いてきました。いやな事件でしたが、もっとバイクを大切に乗ろうと思った出来事でした。

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初めて救急車に乗る

この日は土曜日、僕は愛車のCB400SFで会社へ休日出勤。小糠雨の降る肌寒い日でした。仕事は夕方の4時ごろ終わり、東京の会社から自宅の浦和へ帰る途中、僕は事故にあいました。

相変わらず、霧雨が降っている白山通りを浦和に向けて走ってました。後楽園の脇を通って丸の内線の下をくぐります。春日の交差点を黄色信号で通過。片側3車線の道を行きます。いつも通り、白山下の信号が黄色から赤に変わり、僕は停止線で停まりました。何故か都心へ向かうときも、帰るときもこの信号に引っ掛かります。ここまで直線だった道はちょっと左へカーブしており、後方から来ると見えにくい場所だと思います。

停車中、ミラーで後ろを全く見てませんでした。すると、後ろから急ブレーキ音とそれに続く衝撃。ハンドルを握ってたので体は前へ移動してもヘルメットをつけた頭は、慣性の法則に従いその場に残されます。首がグキッときました。後ろから車にお釜を掘られたのです。幸い車は自家用車で、衝突速度は低く、タイヤに衝突したため衝撃はそれほど強くはありませんでした。

ちょっと、ふらついたがバイクは転倒せず、意識もしっかりしてました。僕はバイクを道路脇に停め、歩道に座り込みました。首が痛いのは本当でした。BMWのドライバーがやっと降りてきて「大丈夫ですか?」と聞きます。僕は怒りが込み上げてきて「どこ見て運転してんだ!」と叫びました。

近くに交番があり、お巡りさんはすぐにやってきました。ヤジウマも数人立止まり、ちょっとした人だかりができました。僕は「事故当事者」との実感が沸いてきて、事故ったことに段々不安を覚えてきました。そうこうするうちに、誰かが呼んだ救急車がサイレンを鳴らしてやってきました。救急隊員に「ちょっと首が痛い」というとすぐ首にギブスを巻いてくれ、救急車に乗せられ、するといきなり救急車はサイレンを鳴らして走り出しました。

お釜を掘られてから10分もたってません。あっという間の出来事でした。バイクもメットもそのまま。キーもそのまま。そのときは自分の首より、そっちの方が心配でした。救急車のなかから携帯で家内に電話すると、さすがにびっくりしたようです。全く心配ないことを伝え電話を切りました。

走りながら受入先の病院を無線で調整し、すぐに行先が決まります。着いてみると根津の日本医科大病院でした。病院の救急入口に到着し、首のギブスをとって降りようとしたところ、救急隊員に注意されました。「ギブスは取らないでください。診てくれなくなりますよ」とのこと。驚きました。

土曜日夕方の病院は閑散としてました。待合室で待つこと数分、診察室へ通されました。事情を説明したらすぐレントゲン室へ通され、レントゲンを撮ってもらいました。それからすぐ診察室で先生から「特に問題ないみたいですね。詳しく調べますので月曜日にまた来てください。」といわれました。

そのときまで、救急車は待っててくれてて、警察からの言付けをもらいました。救急隊員は「病院が終わったら富坂警察署へ行って下さい。それじゃ署に戻りますのでお大事に。」といって帰っていきました。残された僕は会計へ行き、ここでびっくりしました。あまりにも高い。訳をきくと、事故扱いの場合は普通、保険は使わないとのこと。湿布の処方箋を持ってった薬局もそうでした。数万円、現金持っててよかったと思いました。

それから、警察署の場所が分らないのでタクシーで行きました。3,000円ぐらいでした。警察署で訳をいうと取調室に通され、そこで交通課のお巡りさんから事情聴取を受けました。僕は信号で止まってただけなので、それ以外言う事がありません。「加害者が別室で取調べを受けてますが、民事で告訴しますか?」ときかれ、「今のところ、そのつもりはない」と答えました。最後に、病院の診断書が必要なことと、白山下の交番でバイクとヘルメットを預かってることを教えてもらいました。

警察署を出るところで、加害者が待っていました。一応謝罪してくれて、タクシーで来たことをいうと、5,000円くれました。僕の事故直後の怒りは収まってました。それからその交番まで、BMWで送ってもらいました。でも、加害者とはそれっきりです。

交番のお巡りさんにお礼をいって、バイクとヘルメットを返してもらい、バイクを確認します。タイヤ・ホイールとも何ともないようでした。首は多少痛むが運転には支障なさそうなので、バイクで浦和まで帰りました。心配をかけた家内にだけには、何か悪いことをしたと思いました。

翌月曜日、朝早くから病院へ行き検査結果をきく。「問題ありません。痛みもじきになくなるでしょう。」とのこと。とりあえず後遺症はなさそうで安心しました。それから診断書をもらい、警察署へ行って出してきました。昼前だったが、それから会社へ行っていつも通りの仕事。

その後の事後処理は相手の保健屋と、すべて郵送と電話です。かかった費用は全て回収し、それに加えて15,000円ぐらいの見舞金をもらいました。1日でも会社を休んでたら、もっともらえたらしい。

今回の出来事は災難でしたが、まあ勉強になりました。
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大型二輪免許を取って、バイクを買い替えようか

あと2ヶ月でCB400SFの車検が切れます。このバイクは中古車で買って4年がたちます。車検も2回通しました。エンジンは調子いいし、特に不満はありませんがちょっと飽きてきました。「大型二輪免許でも取ってバイク買い替えようか」と漠然と思いました。

このとき、僕たち家族は4年間住んでいた浦和から、横須賀に引っ越してきてました。そして僕は、久里浜の自動車教習所にメールで費用とかを問合せました。費用は80,000円ぐらいで12時間乗って、卒業試験に受かると大型二輪が取れるといいます。どうしようかと考え始めました。

その矢先、会社の部下がバイクを買いました。配属されて2年目の若いやつです。スズキの逆車で1200ccとのこと。「なんであいつが俺よりデカいバイクなんだよ!」 直接原因はそれでした。(その部下は既に退職しましたが) 次の日曜日、9月22日に僕は自動車教習所に入校しました。教習車はCB750SF。ちょっと大きく感じましたが、引起しとかも全く問題ありませんでした。

10月5日が1時間目。ナナハンに始めて乗ってパワーの違いを感じました。バイクに乗るのは問題ありませんが、教習所走りがなかなかできません。オーバーアクションの確認とかです。

免許とったらどのバイクにを買おうか、やっぱりBig1がほしいと思います。中古のナナハンでも買って、少し練習してからCB1300SFにしようかと思ってました。

そして一ヵ月後の11月1日の金曜日、12時間目で見極め合格。卒業検定は二日後の日曜日。次の日の土曜日も1時間練習しました。コースは覚えました。安全確認するところも全て頭に入りました。問題は1本橋。何回やっても10秒かかりません。

そして、11月3日の日曜日。良く晴れた風のない日でした。中型受験は3人いましたが、大型二輪の検定は僕一人です。ちょっと緊張しましたが、最後まで走れました。一本橋は7秒ぐらいでした。そして結果は、何とか合格。

午後に教習所の卒業式があるそうです。それまでの時間つぶしで衣笠のそばのバイク屋へ行ってました。そして何となく店員さんと話してて、CB1300SFの新車を買うことに決めてしまいました。SC40の02年車です。

振り返ってみると、教習所はなかなか面白い経験でした。けっこう緊張感もあるし、「教えてもらう」というのが、懐かしい体験でした。
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初めてコケたときのこと

この日はうちの法事です。お寺とお墓は上大岡にあるため、京急で行かなければいけません。でも、喪服であまり電車は乗りたくないので、レンタカーを予約し、8時のレンタカー屋の開店を目指して、僕はバイクを走らせました。それほど遠くないのですが、一応バイク用の革靴で行きましたが、後から考えるとスニーカーでなくて本当に良かったと思います。

レンタカー屋さんはNレンタカーの横須賀営業所で、今の本町一丁目の事務所でなくラーメン屋の田島家のそばにありました。レンタカー屋に到着してバイクを停めたときのことです。サイドスタンドを掛けたとき、なぜか靴先が滑ってサイドスタンドが本来の位置に固定されず元に戻ってしまいました。

そのときバイクはかなり傾いており、力で元に戻すことはできませんでした。そして僕はゆっくりバイクに押し倒されました。一瞬の出来事でした。悪いことに、右足の小指の上にサイドスタンドがありバイク自重の大半が小指にのっかってしまいました。バイクの下から抜け出し、教習所で習ったように、バイクを引き起こしました。普通、そんな力は出ないと思いますが、火事場の馬鹿力というやつです。

バイクでこけたのは、高校のときCB50で下永谷の友達のところへ行くとき、ぬれたカーブの路面でコケて以来です。ちょうど、今でいう環2般若寺の交差点のそばです。(当時環2はありませんでしたが)

多少足の指は痛みましたが普通にレンタカーを借り、午前中に法事は終わりました。せっかく車があるので買い物などをして、そして夜の7時にレンタカーを返却しバイクで家へ帰ってきました。最後にセンタースタンドを立てるとき、足の小指に激痛が走ったのを覚えてます。お風呂に入るときビックリしました。右足の小指がいつもの倍以上に腫れてました。その日は湿布で冷やし、布団に入りました。

翌日は会社ですが、足が痛くて靴が履けません。仕方がないので会社は休むことにして某整形外科にサンダルを履いて出かけました。レントゲンを撮ってみると、足の小指の骨が粉砕されてました。つまり骨折です。結局三日間、会社を休みました。出社後も暫くは、スーツにサンダルで行くことになりました。会社では当然、バカにされました。「いい年して、バイクなんか乗ってるからだよ。」

皮の厚いバイク用の靴だったので骨折で済みましたが、スニーカーだったら足の小指は切断されてたかもしれません。原因は、多分僕のサイドスタンドの掛け方が、リッターバイク用でなく400用だったのでしょう。バイクの重さの違いをつくづく感じました。この事件以降、僕はサイドスタンドが固定されたのを確認して、バイクを傾けるようにしました。

このあと、今日まで何回かたちコケしますが、これが第一回目の惨事でした。
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