釧路湿原から宇登呂へ

会社のリフレッシュ休暇制度では、入社後11年目の1年間のうちに5日間、できれば連続で休まなければいけません。この休暇を使って北海道へ行ったは、1997年の11月でした。

午前4時半、家内と3歳の子供と3人で横須賀線の始発電車に乗るため、東戸塚駅へ向けて真っ暗な道を歩き始めました。横須賀線は横浜駅まで。そこからは京急バスに乗って羽田空港へ。羽田へは7時に到着していれば良かったのですが、小さい子供連れだと何があるのか分らないので早めに行った次第です。

航空会社は今はなき日本エアシステム、エアバスに乗って釧路空港に10時ごろ着陸しました。あまりに小さな空港なので驚きました。到着ロビーではレンタカー屋さんが待っていてくれて、レンタカー事務所へ。いよいよ、北海道旅行のはじまりです。

天気は快晴ですが湿度が高いためか、視界は良好とはいえません。季節はずれの温暖な大気が道東を覆ってるようです。僕たちは釧路市内へは向かわず、釧路湿原を目指します。行ったところは岩保木(いわぼっき)山です。ふもとに車を停めて湿原の脇の丘に登ります。
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以前から「北海道は山に入ると熊がでるかもしれない」と子供に云ってたため、子供は鈴を離しません。そして視界が開けたところまで登ってきました。大気が霞んでるため、遠くまで見えませんでしたが、広大な湿原であることは分りました。・・・・家内と子供にはイマイチだったようです。

それからR391を北へ走ります。既に昼過ぎ、標茶(しべちゃ)でお昼にします。きれいなコンビニはありましたが、市街地がない街です。国道沿いに食堂を見つけ、そこで車を停めました。僕はラーメンをたのみます。さすが北海道、麺は「西山」でした。

弟子屈で右折して摩周湖に向かいます。ここは家内が「北海道へ行ったら真っ先に行きたい」と云ってたところです。さすがにここは観光客がたくさんいます。第一展望台から靄に霞んだ湖面を観ることができました。しかし靄が霧になり、あっという間に視界は無くなりました。
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摩周湖をあとにして北へ向かいます。午前中の快晴はいつのまにかどこかへ行ってしまいました。晩秋の原野のなかを走ります。やがてあたりは暗くなり、急に風と雨がやってきました。寒冷前線を横切ったようです。気温は急激に下がり、しばらくして雨があがっても気温は戻らず、益々寒くなっていきました。

斜里(しゃり)からは、オホーツク沿岸を走るようになります。久しぶりにみるオホーツク海は鉛色。海岸線を延々と走り宇登呂に到着したときは、あたりは薄暗くなってました。目指す民宿を探し出し玄関をノックすると、女将さんがでてきて、「あら、お客さん?明日じゃなかったの?」だって。でも予定通り泊めてくれました。

お風呂の準備をしてなかったためか、民宿の女将さんに温泉施設をしきりに勧められ、車で小高い丘の上の温泉に行きます。清潔感のある新しい温泉施設で、ゆっくり浸かって体が温まります。露天風呂からはオホーツク海が見渡せるのですが、僕たちが行ったときオホーツク海は闇でした。

民宿に帰ると夕食の準備ができてました。家族と一緒に戴く夕食です。「ビールを下さい」と僕がいうと、小学生の娘さんが近くの自動販売機まで買いに行ってくれました。値段は定価+お駄賃です。夕食メニューは地の魚が中心の素朴な温かい夕食でした。とりわけ美味しかったのがおじいちゃんが採ってきたという「タコ」の刺身です。口の中でとろけるようでした。

こうして、北海道旅行の一日目は終わりました。

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23:01 | '97.10北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

知床峠

目を覚ますとまだ6時前でした。カーテンを空けて外をうかがうと快晴です。早速家内と子供を起こし、散歩に出かけました。

ゴジラ岩の脇を通り、宇登呂の港へやってきました。みやげ物やの店先には檻に入ったキタキツネがこっちを見てます。港の先端に大きな岩があり、その岩には階段があります。迷わず僕たちは階段を登っていきました。IMG_21.jpg

標高50mぐらいでしょうか、岩の頂上は平らでした。そこから観る空と海は、透き通るような水色でした。

美味しい朝ご飯を戴き、民宿をあとにします。最初は知床五湖に向かうつもりでしたが、前を走る白いクラウンに、何故かいらいらします。30~40km/hぐらいのスピードで、ふらふら走ってます。後ろを走るのがいやになったので、途中を右折して知床峠方面へ行先変更。

せっかくなので、頂上まで行ってみることにしました。しばらく走ると景色が変わってきます。草原と白樺の中を走る道です。透き通る青空と草原の緑、振返るとオホーツクの濃紺。まわり全てが色鮮やかです。

途中、路肩に倒れてるバイクと起き上がれないライダーを見つけました。僕たちは車を停めて救出に向かいます。行ってみると、オジサンがスクーターの下で、もがいてました。僕がバイクを起こすとオジサンは立ち上がり、「ヤーヤーヤー、助かったもナー」といってました。幸いにも怪我はなく、僕たちは車に戻りました。

そのあとも峠の坂を登り続け、頂上の知床峠に到着しました。快晴ですが風が強く寒いです。これが峠の駐車場から眺める斜里岳。
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遠く東の海上には国後島が浮かんでました。そこは異国です、日本の果てまでやってきたような気がしました。

寒いのでそろそろ宇登呂方面に戻ろうと車に向かって歩いているとき、さっきのオジサンがバイクで峠を登ってきました。オジサンは僕たちに気付き、大きく手を振って羅臼方面に走り去っていきました。

12:09 | '97.10北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

オホーツクから大雪国道をいく

知床五湖
知床峠から僕たちはR334をオホーツク海に向けて降りていきます。あまりにも快適な道で他に走ってる車もいないので、めったにハンドルをとらない家内が運転しました。法定速度の50km/hで知床の原野をオホーツク海を目指して走ります。
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海岸近くまで降りると運転は僕が交代。右折して知床五湖へ向かいます。岩尾別温泉への分岐のところで川を渡りますが、鮭をとる熊が今にも出てきそうなところ。知床五湖の駐車場につくと、人も車はまばら。快晴の風のないこの日、熊笹の中の遊歩道を歩いているといまにも熊がでてきそうで、鈴を鳴らしながら歩きます。
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断崖の上の静かな湖面に知床の山々が鏡のように映っていて、湖の対岸は芝生のような草原です。昔、内地から入植した人たちが牧場をつくるために原野を切り開いて開拓した、その名残だそうです。
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遠くからきれいな鈴の音が聞こえてきました。すると向こうから鈴を持った登山の格好をした人がこっちに歩いてきます。「こんにちはっ」と挨拶。彼の持ってる鈴は良く響く熊よけ専用のようです。今まで僕たちの鳴らしていたキーホルダーの鈴は全く効果がないことに気付きました。

天都山と網走監獄
斜里・小清水・藻琴とオホーツク沿岸を走り、昼過ぎに網走市内に入りました。小清水あたりは牧場のなかを行く道です。
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僕が始めて流氷を見た場所、天都山につきました。車で登ってきたためか以前のような感動はありません。流氷館で食事をし、寒さを体感します。子供は氷に喜んでました。

天都山から見た網走刑務所が以前の放射状に配置された木造から、鉄筋コンクリートの建物に変わってるのに気付きました。その昔の建物が天都山をくだったところにありました。網走監獄というテーマパークです。
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ここは当然刑務所をテーマにしてます。1時間ほどしかいませんでしたが万人が楽しめるところで、解説などをよく読むと、十分勉強になるところでした。

北見国道
今日の泊まりは層雲峡ですが、まだ網走で時間は16時。これから何キロ走らなければならないのでしょう。それと何時につくのでしょうか。

地図を見たら近そうなので、美幌を通るR38ではなく網走湖の西側を走ります。多少は時間短縮できたのではないでしょうか。その道道を走り北見の手前からR38北見国道を走ります。北見の市街に近づくと交通量が次第に多くなってきて、空も薄暗くなってきました。だんだん焦ってきます。北見はけっこう大きな街で、渋滞もしてます。途中国道を横切ったであろう踏切の跡がありました。鉄道を地下化したようです。それとも、廃線になった池北線かな?

北見の市街地をぬけて暫く走って温根湯のドライブインで休憩です。網走からここまで一気に走ってきました。今日一日いい天気で昼間は暑かったのですが、日が沈むと冷え込んできます。広い台地の中を真っ直ぐ伸びる国道。ときおりヘッドライトを灯した大型トラックが爆走していきます。夜の始まり。僕たちもトラックのテールランプについて走り始めました。

大雪国道
前方には宵闇に溶け込むよう、うっすらと大雪の山々が見えます。R38はいつのまにか、大雪国道と名前を変えてますが、相変わらずほとんど真っ直ぐの道。段々スピードが落ちていくので、登り勾配になってきたのがわかります。
その真っ直ぐの道は突然終わりました。前を走ってたトラックが80km/hぐらいから30km/hに減速し、ヘアピンカーブを曲がっていきます。そこからは山道でした。登板車線もありましたが、それほど遅くないトラックなのでその後をついて走ります。前後に車はいません。対向車もめったに来ません。まわりは真っ暗で、まるで深夜のようです。

途中、大雪湖畔の駐車場と糠平への分岐の表示がありましたが、湖はみえません。真っ暗です。その後いつしか道は下り坂になって、「層雲峡○○km」の距離が次第に縮まってきました。そしてとうとう目指すホテルに到着。時間は20時半、車を降りると冷たい風が吹き荒れており真冬のような寒さでした。

びっくりしたのは、僕たちの到着後に修学旅行の観光バスがたくさんやってきたことです。北海道観光は移動時間が長いので、道内のホテルのチェックインは遅いのが当たり前のようです。

23:45 | '97.10北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

層雲峡から道央を縦断して札幌へ

層雲峡ロープウエイ
ホテルで朝早くに目覚めると今日も快晴のよう。朝風呂を浴びてバイキングの朝食、それから早速出発。まず天気のいいうちにロープウェイで黒岳の山麓まで登ります。ロープウェイを降りるとそこはもう冬でした。日陰には先週降ったという雪が10cmほど残っており、白樺林の中の地面は霜で覆われてました。
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冷たい大雪の空気を胸いっぱい吸いながら林のなかの遊歩道を滑らないように歩いていると、すぐそこにキタキツネ。たくさんの観光客から餌をもらうのでしょう、しばらくはこちらの様子を伺ってましたが、餌がもらえないと分かると森の中へ消えていきました。道内を旅行してると、よく「キタキツネからエキノコックスに感染する」とききますが本当でしょうか。
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渓谷
麓に降りてきて、流星の滝など層雲峡の名所をいくつか訪ねました。ここは深い谷に沿って国道が走っており、国道の両側は険しい断崖です。いたるところに険しい崖と深い森、清らかな水の流れがあります。大雪山系にこのような場所はたくさんあるのではないでしょうか。「大雪国道が通ってる谷」だから層雲峡は有名になったような気がします。
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旭川ラーメン
R39大雪国道を旭川に向かいます。険しい谷底を走る道は上川の手前で終わり、そこから先は平野がだんだんに広がっていきます。途中、「上川ラーメン」の看板に心を奪われましたが、今日のお昼は「旭川ラーメン」に決めてるので我慢です。

いつの間にか国道の交通量は増え、車線も増えてました。行き交う車が多くなった頃、旭川駅前に到着です。駅前に車を停めて、買い物公園のほうへ歩いていき、美味しそうなラーメン屋を探します。しかし目当てにしてたラーメン屋が見つかりません。そのラーメン屋は学生のころ一度だけ士別の友人に連れられていった店。

それは氷点下の冬の夜でした。湯気をモウモウとたてた、アツアツの塩ラーメンのコクのあるスープが忘れられません。

そのお店を諦め、数あるラーメン屋のうちの1軒を選び、暖簾をくぐりました。失敗です。まずくはなかったのですが、シナチクの大きさと硬さに閉口しました。ここのシナチク、子供には文字通り全く歯がたちませんでした。

優佳良織工芸館
僕は以前、ここに来たことがあります。優佳良織の鮮やかな色は今でも覚えており、是非とも家内に見せたかったところです。久しぶりにきてみると、雪の美術館など他の施設も併設されてました。入るときになると子供が「外で遊んでたい」というので、工芸館には家内だけが入り、僕と子供は芝生の上でねっころがって遊んでました。
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日が傾きかけても家内はなかなか帰ってきません。これから富良野を廻って札幌まで行かなければならないと思うと、僕は少々焦ってきました。

麓郷
家内が戻ってきて、車を走らせたときは既に14時半を廻っており、旭川から逃げるようにR237富良野国道を南下していきます。時間がだいぶ押してるので、美瑛の丘はパスすることにし、大雪の山並みを左手に見ながら田園地帯を走ります。
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富良野市街を過ぎ、布部駅の手前を左に入っていきます。その道は布部川に沿った麓郷街道。この先は麓郷、云わずと知れた「北の国から」のロケ地です。麓郷市街(単なる田舎の交差点)を通り抜け、昔の記憶に頼って五郎の家(最初に住んでた廃屋)を探しましたが見つかりません。引き返して市街の近くにくると、「麓郷の森」というところがあり、入ってみると「北の国から'84夏」で使われた廃屋がありました。これは火事で焼けたはずの丸太小屋。
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時は既に夕暮れどき。もっとゆっくりしたかったのですが、麓郷の森をあとにしました。せっかくの麓郷も、子供は旭川から熟睡で起きません。結局札幌まで寝てました。僕が麓郷に来たのは実に16年ぶり。そのころの話はまた別の機会にします。
麓郷から富良野への帰り道は、数々のロケで撮影された八幡丘経由です。純と竹下景子が吹雪で遭難しかけたことなど、色々なシーンンが目に浮かびます。それとさだまさしの「アーアー・・・」の歌声。

富良野市内へおりてきたときには、すでに夕闇があたりを包んでました。

芦別国道と道央自動車道
国道38号線芦別国道を走りだすころ、空は真っ暗です。札幌到着が遅くなるので電話を入れときました。今日の宿はレンタルマンションみたいなところなので、鍵を隠してある場所や暗証番号を教えてもらい、係りの方がいなくても泊まれるようになりました。

芦別・赤平など、その昔は炭鉱で栄えた地帯を走ります。そのためか、国道沿いには人家や商店などが比較的続いてるような気がします。そして滝川から高速に入り、札幌まで走りました。札幌市内に入るまで富良野から2時間半ほどでした。めざすマンションは札幌の南6西16あたり。札幌市街は座標(大通り公園と創生川のX軸・Y軸)を把握していれば、迷うことはありません。すぐに分りました。

札幌の夜
21時ごろそのマンションの一室に入ると、子供が興奮しはじめました。普通の家と同じようにベッドや冷蔵庫などの家具や家電が置いてあるところに泊まるのが嬉しいようです。人の家に勝手に入って泊まるとでも思ったのかもしれません。

荷物を降ろすとすぐに出掛け、すすき野まで夕食を食べにいきます。歩いていると後ろから市電が走ってきました。珍しいので終点まで乗ってくことにします。市電をおりるとそこはすすき野の繁華街。何を食べようか色々迷いましたが、結局は「蟹」にしました。それもフルコース。大好きな毛蟹も一杯頼みました。最高に美味しかったのですが、それなりにコストも掛かりました。

贅沢ついでにマンションまではタクシー利用。北海道最後の夜は既に24時ちかく。旅行も三日目となると疲れがたまってます。宿につくと3人ともシャワーも浴びずに寝てしまいました。

18:42 | '97.10北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

北海道最後の日は小樽です。

石狩の家内の祖母
今回の北海道旅行にひとつ目的がありました。石狩の病院で寝たきりの家内の祖母に、うちの子供を会わせることです。子供からすると「ひいおばあちゃん」です。病院の近くで親戚の叔母さんと落ち合い、その病院に行きました。ここは丘珠空港が近いようで、何度か頭上をYS11が飛んできました。子供が「ひいおばあちゃん」に大好きな羊羹を食べさせると、目を細めて朗らかな顔をしてました。

小樽
僕が小樽に来たのは始めてです。美味しい寿司屋がたくさんあるとか、ケーキがうまいとか、北一硝子などは知ってましたが、運河を観光地化したからでしょうか、ここがこんな観光地だったとは知りませんでした。
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運河のそばで、寿司とラーメンを食べさせる店で昼食です。それなりに美味しく感じましたが、両方食べるとさすがに腹いっぱい。食後はまず散歩です。歩いていると廃止となった手宮駅(貨物駅)へ続く線路が残されている場所がありました。その手宮駅、そのときは小樽交通記念館となってます。

しばらく僕たちは線路の上を歩きます。
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散歩が終わると、僕たちは別行動。家内は北一硝子へ、僕と子供は小樽交通記念館へと別れます。記念館は面白いところでした。いろんな車両があるし、20世紀の大プロジェクト青函トンネルの詳しい展示もあります。子供も色々な電車や列車に乗ってご満悦でした。
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しかし驚いたのは、僕と子供以外にお客さんがいないこと。平日の夕方で、もともと少ないのは分りますが「僕たちだけ」には驚きを通り越し、可愛そうです。・・・・案の定、閉鎖となりました。

今では大宮の鉄道博物館が大人気、「鉄」人口も何故か増えているようです。小樽のこの施設は少々開業が早すぎたのかもしれません。

家内と待ち合わせたときは既に薄暗い17時、話を聞くと北一硝子に十分満足したようです。子供はまだ3歳だったので僕と小樽交通記念館に行きましたが、4~5歳だったら家内と一緒に北一硝子だったでしょうね。

千歳
小樽から千歳までは高速です。北海道の最後のドライブはあっという間に終わりました。ガソリンを満タンにして車を返します。JASのカウンターで搭乗手続きを済ませると、あとは帰りの飛行機の出発を待つだけです。広い出発ロビーにはベンチがたくさんあり、僕がトイレから帰ってくるとそこにいるのは家内と子供だけ。良く響く声でふたりで「しりとり」をやってました。

この旅行の最後は、羽田へのアプローチ中、窓の外に見えたディズニーランドの夜景でした。親切なCAさんがそのことを子供に教えてくれました。

20:53 | '97.10北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑