五能線

急行津軽
この年の夏の旅行は東北・北海道。北海道周遊券を買い、津軽海峡を渡る前に東北地方の北部をまわろうという計画。上野から乗車した列車は急行津軽。奥羽本線経由の青森行き夜行列車です。上野駅で待ち合わせた仲間は、直接北海道へ渡るK、東北を一緒に旅行するH嬢とK嬢の合計4人。上野駅に入線してきた急行津軽を見てビックリ。ボックス席の車両じゃなくて全席が全て進行方向を向いてるタイプ。特急用の車両です。発車直後は4人で色々話などをしておりましたが、その日のバイト疲れから僕は早めに寝入ってしまいました。

急行津軽は闇夜を北へひたすら走ります。福島からは奥羽本線に入って米沢・山形・新庄と北上。外が明るくなってきて、秋田も過ぎました。北海道へ直接渡るKはそのまま青森まで。それ以外の僕たちは東能代で急行津軽を下車。冷房の利いた列車から降りると、蝉の声と東北の夏の暑さが待ってました。

五能線
東能代駅ではH嬢、K嬢、そして後輩のTと待ち合わせ。今回の東北旅行のメンバーは6人。何とそのうち4人が女性。時間通りに全員が顔をそろえましたが、早速トラブル発生。メンバーのうちのひとりがお金をおろしたいといいます。でも東能代の駅前には何もありません。五能線の列車はそんなにないので、銀行がありそうな能代駅で途中下車したら工程が大幅に狂います。しかたないので、全員でタクシーに乗り能代駅へ移動。駅前の羽後銀行で出金できました。

東能代から乗るはずだった2両編成のディーゼルカーに能代駅から乗車。早速進行方向左側に席をとります。発車して暫くすると、列車は日本海の海沿いを走るようになります。その海の色に感動。東北もここまで北にくると空も海も青く透き通ってます。窓を全開にして北の潮風を胸いっぱい吸い込みます。

十二湖
能代駅から1時間半ほど、僕たちは十二湖という小さな無人駅で五能線のディーゼルカーを降りました。短いホームとプレハブのような小さな駅舎しかない駅。駅から僕たちは十二湖という小さな綺麗な池が点在するというところまで歩いていく計画。お嬢さんの何人かは、山道を歩きたくないのか、「海岸へ出て海をみてようよ」などと云います。でも十二湖行きは決行。暑い日差しの中を海岸を離れて歩きだしました。

暫く歩くと道は登り坂になり、奇怪な岩肌が見えてきました。日本キャニオンというそうです。駅から1時間ほど歩いたでしょうか。最初の池に到着。何てことはない、森の中に大きな水溜りのような池があっただけ。そこは土産物屋など何もないところ。本当にここ、観光地?

そこから先は登山道のような道。うっそうとした東北の森の中を歩きます。いくつか小さな池を見て廻り、青池という池に到着。その不思議な青い湖面にびっくりしました。やっぱり、ここまで歩いてきて良かった。

帰りもひたすら日本海を目指して歩きます。でも下り坂だから行きに比べ楽。でもお嬢さんたちは疲れたのか、誰も無口。黙々と歩きます。十二湖の駅に到着したときは、既に日は西に傾いた夕方。皆さん疲れたのか、列車の到着までまだ時間があるのに「浜辺へ行ってみよう」などと云う人はひとりもいません。

深浦
僕たちはやってきた下りのディーゼルカーに乗りこみ、再び進行方向に向かって左側のボックス席に。夕方の日本海を飽きもせず見てました。

ディーゼルカーは30分ほどで、大きな街「深浦」に到着。その日は深浦ユースホステルに宿泊です。駅からユースまでは、長い階段を登っていきます。そのユースはお寺でした。お風呂はありましたが、そのユースは食事の提供がないところ。夕食はみんなで街へでてみます。駅前の食堂でカツ丼などを食べました。

その日、ユースに宿泊するのは僕たちだけ。食後はお風呂に入って、その後ヘルパーのお兄さんとトランプなどをして遊びました。昨夜は夜行列車なので早めに就寝です。

翌日は十和田・奥入瀬へ行く予定です。

16:40 | '84.08東北・北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

奥入瀬

津軽平野
深浦のユースを出発するとき、へルパーのお兄さんと記念撮影。
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それから駅に向かいます。朝ご飯は駅の売店で買ったパンとコーラ。やはり食事の提供がないユースはちょっと不便です。昨日と打って変わって、この日は朝から曇り空。雨が降らなければいいですが。

深浦から乗った五能線はほぼ満員。全員バラバラに座ります。ずっと海沿いを走りますが、僕の座った席から海はよく見えません。見えたとしても鉛色でした。そのうち、ぼくはウトウト。気付くと五能線は海沿いではなく田園地帯を走ってます。ここは津軽平野。その中心地、五所川原から車内はさらに込み合います。

その列車は終点の弘前までずっと混んでました。

十和田湖
弘前からは十和田湖行きのバスです。お客さんの殆ど乗ってないそのバスが十和田湖畔に到着したのは昼すぎ。その湖畔は休屋と呼ばれてる地区。まずはここで昼食です。ここでもまたかつ丼を食べたような気がします。食後は湖畔の公園をちょっと散策して、観光船に乗ります。その観光船は休屋から子ノ口まで。
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曇ってたし、肌寒かったので十和田湖の印象は、あまりよくありません。

奥入瀬
遊覧船に乗って湖面を眺めていると、とうとうポツポツと雨が降ってきました。これから奥入瀬の渓流沿いを散策するつもりなのに。

子ノ口に到着して、僕はカッパを着こみ、奥入瀬散策の始まりです。例によって歩きたくないというお嬢さんもいましたが、とりあえず歩きます。並行して国道があるので「いつでもバスに乗れるから」と説得しました。

十和田湖から流れ出るその渓流はなかなか見事です。木々も雨に洗われ瑞々しい緑色。そのなかを流れる透き通った水。雨が降っててもなかなかいいところです。

本当は子ノ口から約10km歩き、十和田湖温泉郷にある奥入瀬ユースホステルまで行く予定でしたが、ちょっと無理のようです。体も冷えてきて、景色にも飽きてきました。それでも半分の5km程度はあるき、国道沿いのバス停からバスに乗りました。バスに乗ると10分もかからず、奥入瀬ユースに到着。

奥入瀬ユースの宿泊客は30人ほど。さっそく熱いお風呂に浸かります。多分ここは温泉だったのでしょう。サッパリしてから夕食、そしてミーティングとユースでの一連の流れ。

翌朝6人のメンバーのうち、東能代で合流した2人とはここでお別れ。残った4人で東北の太平洋岸へ向かいます。

16:41 | '84.08東北・北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

尻屋崎

三沢
奥入瀬ユースホステルから僕たちは4人になり、バスで十和田市に向かいます。昨日の雨はあがりましたが、曇り空。十和田市からは十和田観光電鉄線にのって三沢まで。この日の宿泊予定は三沢のすぐそばの向山。本当は十和田と奥入瀬で余裕をもった工程としてたため、三沢まで来てしまうと、この日の予定がありません。

みんなで話し合った結果、三沢でレンタカーを借りることにしました。そして本日の行き先は下北半島の尻屋崎。「本州さいはての地へ行ってみよう」ということになりました。

三沢駅の駅レンタにいくと、車に空きがありすぐ貸してもらえることになりました。3日間の予定で借ります。
三沢駅前から東へ向かい、海沿いの国道へでたら、あとはひたすら北を目指します。走り出すとすぐに、ジェット機の爆音が頭上に響きます。そうです、三沢は基地の街。ラジオをつけると一番良く入るのはFENでした。

六ヶ所村
北へ向かう国道は、北へいくほど寂しくなってきます。荒涼とした景色のなかをひたすら走ります。左手に大きな湖が見えてきました。小川原湖です。曇りの天気も相まって、なんとも寂しい湖です。

小川原湖を過ぎると、人家も少なくなり、田畑も見なくなります。何か人工物があったとしても牧場ぐらい。あとは原野です。荒涼とした原野の一本道を走ってると六ヶ所村に入りました。核燃料再処理施設を作るというところ。「こんな寂しいところだったら放射能漏れを起こしても、たいして影響ない」という政治家の考えがあからさまに分かります。つくる核施設がそんなに安全だったら、こんな辺鄙なところにつくらず首都圏に作ればいいのに。

東通村
六ヶ所村を過ぎて次の東通村に入ると、舗装道路は終わりました。ダートの道を行きます。天気は相変わらず曇天。でも、さいはての地へ行くには相応しい天気かも。

「猿が森」とか「尻労」など、不気味な地名が続きます。道路に沿って時々数戸の集落がありますが、この辺りの方々は何の仕事で生計を建ててるのでしょうか。

太平洋側を真っ直ぐ尻屋崎へ北上する道はなく、一旦津軽海峡の海岸に出て右折。久しぶりの舗装路になりました。最後の数kmは左手に津軽海峡を見ながら走ります。三沢から3時間以上掛かって、やっともうすぐ目的地。

尻屋崎
もうすぐ岬の先端というところに、踏切のようなゲートがありました。ボタンを押すとゲートが開きます。岬に放牧してる馬が出ていかないような配慮とか。車で行けるのはここまで、というところに駐車場があり、そこから歩いて岬に向かいます。

尻屋崎には灯台と「さいはての地」の碑があるだけ。あとは何もないところ。海岸に降りてみると、コンブがたくさん流れ着いてます。そこは「地の果て」という感じ。目の前には広大な太平洋。僕たち以外は誰もいません。

曇天の下、暫く鉛色の海を見てました。

野辺地
帰り道は、陸奥湾沿いを走ります。あの長いダートの道を走りたくないので。むつ市からは陸奥湾に沿って真っ直ぐな海岸線を走ります。交通量は少ないし、舗装状態のまあまあ。かなりのハイペースで走ります。途中、「横浜」という集落がありました。小さな集落であっという間に通り過ぎていきました。

陸奥湾沿いの道が終わると「野辺地」という街に入りました。道沿いのスーパーマーケットによりトイレを借用。本日宿泊するカワヨグリーンというユースホステルに到着が遅れるという電話。ついでに、三沢へ行く道をスーパーの人に訪ねましたが、方言が強く、何をいってるのかさっぱり分かりません。「ボンジュール」と「曲がれ」という言葉は聞き取れました。

野辺地からは国道4号線。10分ほど走ると、「ボンジュール」というファミレスがありました。多分、ここを曲がれということだったのでしょう。ここを左折します。あたりは既に暗くなっており、方向感覚も分からなくなってきました。ひたすらその道を走ります。

8時をちょっとすぎたころ、その牧場のユースホステルに到着。三沢から尻屋崎往復で8時間以上も掛かりました。牧場のユースだけあって夕食はバーベキュー。僕たちの分だけを取っといてくれました。

16:43 | '84.08東北・北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

田老・八幡平

八戸
カワヨグリーンのユースホステルは9時頃にチェックアウト。今日は三陸海岸を南下します。天気は昨日に引き続き、曇り空。でも雨は降りそうもありません。三陸海岸南下のスタートとなるのは八戸。海沿いの魚市場あたりは強烈な魚臭。それと夥しいウミネコの数。

北山崎
本格的な三陸海岸は久慈市より南側。国道45号線を走り、ビューポイントの表示があると立ち寄っていくという行動になります。黒崎・北山崎と断崖絶壁のポイントを見て回りました。三陸海岸の観光名所にいますが、青い海ではないのが残念です。

龍泉洞
久慈市から小本までは、標高の高い山の中を走る道。それだけこの辺りの海岸は高い断崖が続くと云うこと。小本は久しぶりの海沿いの集落。そこから僕たちは内陸の岩泉に向かいます。その岩泉の山奥にあるのが龍泉洞。日本の三大鍾乳洞のひとつ。

入場料を払って、鍾乳洞のなかに入っていきます。ここは地底湖で有名なところ。深さ40m以上もあるそのコバルトブルーの湖水は一見の価値があります。その湖面を見てると吸い込まれそう。

田老
ふたたび三陸海岸まで戻ってきて、小本から南下します。次の大きい集落は田老というところ。今日、僕たちはこの田老の民宿に泊ります。早めに民宿に入り、町内を散策。目を見張るほどの高さのある防潮堤がここ田老にありました。何でも地球の反対側のチリで発生した地震のよる津波がこの三陸を襲ったとのこと。

地球の表面は球形です。地震による津波は震源から放射状に広がりますが、地球の半分までくるとそれ以上は広がりません。その先は、広がった波が集まってきます。その波が最大となるのが地球に反対側。チリからすると三陸あたりになります。

夕食は三陸の魚貝類が中心の大御馳走。なかでもホタテの刺身が絶品でした。夕食後、僕たちは部屋で飲み直し。東北を秋田・青森・岩手と廻ってきた楽しい話や疲れた話などで盛上り。なかでもTは焼酎をクピクピ。飲み疲れて話疲れて酔いつぶれてしまいました。
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浄土ヶ浜
翌日の朝食にTは起きられません。出発の直前まで寝てました。天気は久しぶりに青空が覗いてます。車で走りだし、僕たちが最初に向かった先は浄土ヶ浜。宮古で一番の観光地として有名でした。どうせ大したことはないと侮ってましたが、駐車場から歩いて小さなトンネルを過ぎると、ホントに極楽浄土のような景色が広がってました。青い海と白い砂。白い岩肌と緑の松の木。感動しました。

岩手横断
浄土ヶ浜の絶景を堪能したあとは、内陸へ向かいます。宮古の街を出ると盛岡までは100kmほどの距離ですが、なんと途中に信号は1ヵ所だけ。2ヵ所目の信号は国道4号線との交差点でした。この道は、岩手の深い山間をどこまでも走る道。標高が上がってきて、区界という峠を越えると、盛岡の盆地への下り坂。

その下り坂の途中でK嬢がどうしてもトイレに行きたいと云います。「あと少しで盛岡市街に入るから我慢して」というと我慢できないと云います。仕方なく民家があったのでその前で車を停めました。彼女はその民家へ行きトイレを借りて帰ってきました。親切なオバアサンが快くトイレを貸してくれたそうです。

国道4号線をちょっと北へ走り、盛岡ICから東北道に入ります。30分ほど走って、松尾八幡平で東北道をおりました。

八幡平
東北道をおりたら、八幡平へ向かうアスピーテライン。標高がグングン上がります。八幡平頂上付近では白樺の林もなくなり、熊笹と低い松の木ぐらいしか樹木はありません。山頂の駐車場に車を停め、高原を散策します。まるで尾瀬のような素晴らしいところでした。でもTはまだ車の中。頭が痛くて車から降りられないとのこと。
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八戸
八幡平が東北で最後の観光拠点。これから三沢まで車を走らせ、レンタカーを返却し、僕たちは北海道へ向かいます。八幡平からは山を降り、国道4号線を八戸へ向けて走ります。Tの状態は回復せず、今晩の青函連絡船夜行便で北海道に渡るのは無理のよう。三沢の手前、八戸により大きなビジネスホテルの前でTを降ろしました。数日後の夕方、厚岸の駅での待ち合わせを約束し、Tと分かれました。

青函連絡船
三沢でレンタカーを返却したときは既に夜。でも僕たち乗る特急はつかり青森行きはまだ来ません。駅の待合室でゆっくり、旅の話をしてました。はつかりがやってきたのは10時すぎ。北海道ワイド周遊券で改札口を通ります。奥羽線の弘前で途中下車して、東北線の三沢からの乗車は多分、違反です。

特急はつかりは23時過ぎに青森駅に到着。僕たちは0時過ぎに出港する青函連絡船に乗船しました。乗船すると、もう爆睡。でも3時過ぎには起きて、函館に到着する30分ほど前から下船口に並びます。

もうすぐ北海道に上陸します。

16:44 | '84.08東北・北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

朱鞠内湖

青函連絡船が函館駅に着岸し、ゲートが開くと僕たちは一斉に走り出します。目指す列車は特急北斗、室蘭本線経由の札幌行きです。時間は朝の4時、既に明るくなってます。下船口から特急の自由席まで、500m以上はあると思います。重い荷物を持ったH嬢とK嬢にはちょっときつかったか。

何とか座席を確保し、ホッとしました。列車が発車すると外の景色を眺めるより、睡眠が優先。昨夜の八戸から細切れに寝てるため、どうしても瞼が重くなります。千歳を過ぎるまで、かなりぐっすり眠りました。

函館を発車して4時間とちょっと、もうすぐ札幌駅へ到着するころ、僕はH嬢とK嬢に別れを告げました。僕は別の列車で朱鞠内に向かうため、札幌駅で乗り継ぎ時間3分の特急ライラックに乗らなければいけません。深川から朱鞠内へ行く深名線は極端に本数が少なく、これを逃すと午後の深名線になってしまうからです。

彼女たちは札幌で特急を乗り継いで網走へ向かいますが、その網走行きの急には待ち合わせ時間はたっぷりあります。僕は列車が札幌駅へ到着する前に編成の中央のドアへ行き、走り出す準備です。

列車が札幌駅へ到着し、ドアが開くとちょうど階段のところ。僕は走ってライラックの発車するホームへ向かい、何とか乗ることができました。そのライラックを深川で下車し、乗り継ぎの良い深名線の1両編成のディーゼルカーに乗って、やっと落ち着きました。

深名線は函館本線の深川と宗谷本線の名寄とを結ぶローカル線。その線路は雨竜ダム建設のために作られました。雨竜ダムでできた湖が朱鞠内湖。原生林を無理やり沈めて作った日本最大の人造湖です。

僕は湖畔駅で降りました。そこは朱鞠内の湖畔ではなく、駅からホントの湖畔まではかなり歩きました。本当の湖畔には土産物屋などがあり、そこでジンギスカンを食べてる3人組が何故か印象に残ってます。可愛い女の子とそうでない女の子。そして普通のお兄ちゃんの三人連れ。何故か印象に残ってます。

季節は夏のため水量が少なく、むき出しの茶色い湖底と少ない湖水。あまり良い印象はありません。朱鞠内へ行くには夏ではなく雪解けの直後が良いのかも。

それから、湖畔の駅まで戻り、深名線下りのディーゼルカーを待ちます。終点の名寄についたときは、真っ暗でした。駅前にあった長崎屋のフードコーナーで親子丼を食べました。そこで、生卵の黄身が乗っかてる親子丼を僕は始めて食べました。

それから宗谷本線の旭川行き普通列車に乗り、塩狩温泉ユースへ。でもユースには泊らず塩狩小学校とか元ヘルパーのKの家などに数泊。なかでも塩狩小学校での寝泊まりは貴重な体験でした。

16:52 | '84.08東北・北海道 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

厚岸

その日、僕は塩狩から厚岸に向かいました。目的は、今年から厚岸で高校の国語の先生をやってる先輩のAさんを訪ねること。朝、塩狩から上りの普通列車で旭川へ。それからライラックで札幌。その次は特急おおぞらで釧路まで。根室本線で帯広から先へきたのは、僕はこれが始めて。

釧路は思った以上に大きな街でした。有名な幣舞橋まで歩いて行こうと思いましたが、けっこう距離があり諦めました。その釧路駅からは急行ノサップ、根室行きに乗ります。そのディーゼルカーは釧路駅を発車すると、市街地はすぐにおわり、ひたすら原野の中を走ります。人家や畑やなど、牧場すらも何もない原野を走ります。人工物はこの鉄道だけ。

いくつかの無人駅を通り過ぎ、1時間もかからず厚岸駅に到着。ここで札幌で分かれたH嬢・K嬢、八戸で分かれたTと再開。Aさんが教鞭をとる高校へ歩いて向かいます。高校の受付でA先生を呼び出してもらうと、すぐにAさんはやってきました。その日はAさん宅に泊めてもらいます。

Aさんは高校の近くに一戸建ての家を借りており、そこにみんなで歩いていきました。Aさんは2年先輩で、実家は東京ですが昨年北海道の教員採用試験に合格し、今年から厚岸で先生になりました。

Aさん宅では、厚岸で採れた色々な海産物を戴き、持参した焼酎を飲みながら色々話をさせてもらいました。

翌朝、Aさんは当然お勤めなので、僕たちは早々にお礼を云ってAさん宅を出発。厚岸の駅まで歩いていき、そこでTとはお別れ。Tは根室方面に向かうそうです。残った3人で上りの釧路行き普通列車に。このディーゼルカーは、けっこう混んでました。

釧路へついた僕たちは、駅レンタで半日小さい車を借りました。その手続き中、H嬢たちは数日前知床で一緒だったという女の子二人連れと再開。何と、女の子4人と僕とでドライブすることになりました。
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まずは釧路湿原を見に岩保木(いわぼっき)山へ。麓に車を停め歩いて展望台まで登ります。そこから広大な釧路湿原を堪能しました。それから根室方面へ国道を下り、再び厚岸へ。厚岸の南にある愛冠岬から太平洋を臨みます。
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そのあとは、海岸線を東に走り、琵琶瀬展望台から見る霧多布湿原。そして霧多布岬。
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帰りは来た道を戻り、釧路駅へ到着したときはレンタカー返却時間のギリギリでした。

それから女性4人と夕食です。駅に近い喫茶店でドリアなどを食べました。女性ふたりは本日釧路ユースに泊るとのこと。彼女たちと分かれ、僕たちは夜行急行の「まりも」に乗って札幌へ向かいます。発車時間までに時間はたくさんあります。僕たちは駅前に銭湯を見つけ、そこで汗を流しました。

釧路発札幌行きの急行まりもは、ちょうど定員ぐらいの混雑状況。僕たち3人で1ボックスとることができました。まりもは釧路を発車すると、真っ暗な道東を西に向けて疾走します。お風呂に入ってさっぱりした僕たちは早々に寝入ってしまいました。

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富良野

釧路発札幌行きの夜行急行「まりも」に一晩揺られ、夜が明けてくると久しぶりの青空です。終点の札幌に到着し、ホームにある洗面所で顔を洗いました。それから僕たちは急行「狩勝」に乗って富良野へ向かいます。急行「狩勝」は、石勝線が出来る前から札幌と道東を結ぶ急行列車。特急「おおぞら」は石勝線経由となりましたが、この急行は今でも富良野経由の釧路行き。

富良野についた僕たちは今回の旅で3回目となる駅レンタ。その車で麓郷へ向かいます。「北の国から」のロケ地跡、麓郷の森についたとき、同じサークルの10人ほどの仲間に再開。彼らがこの時間ここに居ることを予め知ってたので、札幌からわざわざやってきた次第です。当時、僕たちはこういう行動を「乱入」と云ってました。

彼らはレンタサイクル、僕たちはレンタカー。行動半径の広い僕たちは麓郷の森だけでなく、五郎の廃屋や八幡丘の牧場など、いくつかのロケ地をまわりました。
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富良野観光を終えた僕たちは総勢10数名。富良野駅から札幌駅へ向かいます。そしてススキノで大宴会。けっこう盛上りました。その日の宿はススキノのビジネスホテル。東北から一緒に旅行してきたH嬢が、どうしてもラーメン横丁でラーメンが食べたいといいます。「美味しくないよ」といっても「食べたい」といいます。そして3人でラーメン横丁へ。やっぱり美味しくなかった。でも「満足」とH嬢は云ってました。

そこで彼女たちとはお別れ。二人は翌日早朝に内地へ帰りました。

翌日僕はゆっくり起きて、今回の旅行の最初だけ一緒だったKと札幌市内をブラブラ歩きます。なかでも北大の芝生で昼寝したのが、最高に楽しかった。僕たちは北大生に間違えられ、道を聞かれました。「すいません。ポプラ並木はどっちですか?」「ここを真っ直ぐ行って突きあたりを右に行って下さい」

何か本当に北大生になった気分でした。Kとはその後札幌駅でお別れ。Kは今晩の急行八甲田に乗るため、函館へ向かいました。その後、僕はひとりで小樽往復。小樽の街をブラブラ歩いただけです。

その日の夜行で僕は内地に帰ります。約半月に亘る旅行ももうす終わり。20時頃に札幌を発車する特急「北斗」に乗って函館へ。0時過ぎの深夜便の青函連絡船に乗って早朝に青森到着。接続する特急はつかりに乗って盛岡へ。

盛岡始発の大宮行き「やまびこ」に朝の8時頃にのって、午前中に首都圏へ帰ってきました。

今年の夏の旅行もいろんなことがありました。最高に楽しい夏になりました。

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