和田峠

岡谷ICからの中山道は、最初国道20号線。下諏訪岡谷BPという未完成のバイパスから始まります。20号線ですが未完成なので、行き先は甲府・東京ではなく、佐久・上田。
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そのバイパスはトンネルの先のT字路まで。その交差点を左折すると、国道142号線。するとすぐに長いトンネルに入ります。この区間もバイパスですね。トンネルでると下諏訪からの旧道と合流しました。

岡谷でも標高高いんですが、和田峠へ向けてズンズン標高が上がります。暫くすると登板車線が現れ、もうすぐ有料区間。
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僕はここを左折して新和田トンネル有料道路でなく、旧道で和田峠を目指します。
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その中山道の旧道はこんな感じの道。対向車はほとんどやってきません。
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標高があがってきたところで前方を走るトラックと遭遇。有料区間の新和田トンネルを走らず、旧道を走ることで、昼飯代を捻出するためか。それとも限りなく経費を切り詰める運送会社か。
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有料道路入り口から8分、トラック遭遇からも3分で和田峠頂上のトンネルに到着。ここは小さいトンネルなので、片側交互通行です。

信号はすぐに青になり、トラックはトンネルに吸い込まれていきました。
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峠の北側に出て下り坂になると、上を行く高架橋。これ、ビーナスラインです。
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すぐに、和田峠のドライブインがありました。が、店を畳んでからかなり年月が経ってるようですね。新和田トンネルの開通は、調べてみると1978年なので約40年前。それから衰退が始まったんだと思います。
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ここには東餅屋という茶屋の集落があったと書いてありました。最盛期には5軒のお茶屋さんが並び、大名なども宿泊してたそうです。
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この茶屋の集落は鉄道(東海道線)開通以降、衰退していったと書いてありますが、それだけでなく新和田トンネルの開通、中央道の開通を経て、今の寂れた和田峠になったようです。多分、中山道和田峠が最も栄えたのは、和宮御降嫁の頃の幕末でしょうね。

和田宿へ向かう下り坂はかなり厳しいカーブが続きます。
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和田峠の茶屋跡から、ゆっくり下って約10分、もうすぐバイパスの新和田トンネル有料道路と合流。
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10時10分、バイパスと合流。諏訪側でバイパスを離れて25分。実質和田峠旧道は20分掛かりました。2014年にこの有料トンネル走りましたけど、数分でしたね。
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和田宿は、昔本陣見たので今日はパス。
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和田宿からは、長久保・芦田・望月・八幡・塩名田・岩村田・小田井・追分・沓掛・軽井沢 と続きます。厳密に中山道をトレースしたい訳じゃないので、とりあえず、国道142号線を走ります。
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中山道、和田から追分

旧中山道と並行したバイパスを快走。道は緩い下り坂なので、60km/hまで速度を上げて、あとはニュートラルにして惰性走行。
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茅野からの大門街道国道152号線と合流するともうすぐ長久保宿。
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その長久保宿まで行かずに、国道142号線は上田方面へ向かう国道152号線とお別れ。眺めのいいところでDEMIOを停めました。この辺り、田植えは終わりましたね。
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旧中山道はこの先長久保宿ですけど、国道は笠取峠の登坂となります。
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それほど厳しい峠ではないので、すぐに下り坂。それでも登板車線はきっちり整備されてます。
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その笠取峠は松並木が有名だそうで、途中に松並木公園なるものがありました。
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笠取峠をおりてくると、芦田宿。ここは素通り。
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次は望月宿になります。ここは旧中山道を走ってみましょう。
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望月宿のバスセンターにあった観光案内版。ここには歴史民俗資料館があるので寄ってみましょうか。
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ここがその資料館。なかなか立派じゃないですか。
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引き戸を開けて中へ入ると、係員さんがひとり。靴を脱いでスリッパに履き替えて拝観料300円をお支払い。僕以外に見学者は誰も居りません。資料館は石器時代のもの、この地区の生活文化のもの、それから中山道関連のものと、大きく分けて三つの展示がありました。

僕はやはり中山道関連ですね、じっくり見たのは。
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実は、ここ望月には死んだ親父の知り合いの実家があって、僕が中学校の頃に来たことがあります。その中山道沿い家を探したんですけど、さっぱり分かりませんでしたね。庭先で山羊を飼ってる農家だったんですけどね。まあ40年も前なので、分からなくて当たり前か。

次の八幡宿は気づきませんでした。この辺りから国道142号線は中山道からかなり離れるような気がしたので、佐久方面へ向かう細い道に入っていきます。でもそれが、中山道かどうかは分かりません。

その次が千曲川を渡った先にある塩名田宿。この道は中山道っぽいですね。
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次の宿場は岩村田宿。ちょうど小海線の踏切を渡りました。
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するとそこが、岩村田駅前。けっこう立派な駅じゃないですか。
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岩村田の市街地を通過。けっこう大きな街ですね。佐久の中心地が中山道の岩村田だったって始めて知りました。
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岩村田というか、佐久の市街地を離れると、浅間山が見えてきました。それと、次の小田井宿は分かりませんでしたね。
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御代田駅前までやってきました。昔の信越本線、今のしなの鉄道ですね。昔、軽井沢方面からCB400SFで中山道下ってきて、ここ御代田の駅前で中山道が分からなくなりました。
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だからこの先の道は分かります。これが中山道。
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この細道を真っ直ぐ行くと、国道18号線にでます。そこが追分宿。
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気づくと12時をまわってましたね。それに青空はどこかへ行ってしまいました。最初はここから軽井沢行って碓氷峠を下って日本橋まで走ろうかとも思ってたんですけど、軽井沢から東京方面は先日走ったばかり。

時間はまだ早いので、北国街道を北へ向かうことにしました。
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