中山道、和田から追分

旧中山道と並行したバイパスを快走。道は緩い下り坂なので、60km/hまで速度を上げて、あとはニュートラルにして惰性走行。
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茅野からの大門街道国道152号線と合流するともうすぐ長久保宿。
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その長久保宿まで行かずに、国道142号線は上田方面へ向かう国道152号線とお別れ。眺めのいいところでDEMIOを停めました。この辺り、田植えは終わりましたね。
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旧中山道はこの先長久保宿ですけど、国道は笠取峠の登坂となります。
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それほど厳しい峠ではないので、すぐに下り坂。それでも登板車線はきっちり整備されてます。
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その笠取峠は松並木が有名だそうで、途中に松並木公園なるものがありました。
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笠取峠をおりてくると、芦田宿。ここは素通り。
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次は望月宿になります。ここは旧中山道を走ってみましょう。
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望月宿のバスセンターにあった観光案内版。ここには歴史民俗資料館があるので寄ってみましょうか。
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ここがその資料館。なかなか立派じゃないですか。
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引き戸を開けて中へ入ると、係員さんがひとり。靴を脱いでスリッパに履き替えて拝観料300円をお支払い。僕以外に見学者は誰も居りません。資料館は石器時代のもの、この地区の生活文化のもの、それから中山道関連のものと、大きく分けて三つの展示がありました。

僕はやはり中山道関連ですね、じっくり見たのは。
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実は、ここ望月には死んだ親父の知り合いの実家があって、僕が中学校の頃に来たことがあります。その中山道沿い家を探したんですけど、さっぱり分かりませんでしたね。庭先で山羊を飼ってる農家だったんですけどね。まあ40年も前なので、分からなくて当たり前か。

次の八幡宿は気づきませんでした。この辺りから国道142号線は中山道からかなり離れるような気がしたので、佐久方面へ向かう細い道に入っていきます。でもそれが、中山道かどうかは分かりません。

その次が千曲川を渡った先にある塩名田宿。この道は中山道っぽいですね。
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次の宿場は岩村田宿。ちょうど小海線の踏切を渡りました。
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するとそこが、岩村田駅前。けっこう立派な駅じゃないですか。
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岩村田の市街地を通過。けっこう大きな街ですね。佐久の中心地が中山道の岩村田だったって始めて知りました。
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岩村田というか、佐久の市街地を離れると、浅間山が見えてきました。それと、次の小田井宿は分かりませんでしたね。
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御代田駅前までやってきました。昔の信越本線、今のしなの鉄道ですね。昔、軽井沢方面からCB400SFで中山道下ってきて、ここ御代田の駅前で中山道が分からなくなりました。
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だからこの先の道は分かります。これが中山道。
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この細道を真っ直ぐ行くと、国道18号線にでます。そこが追分宿。
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気づくと12時をまわってましたね。それに青空はどこかへ行ってしまいました。最初はここから軽井沢行って碓氷峠を下って日本橋まで走ろうかとも思ってたんですけど、軽井沢から東京方面は先日走ったばかり。

時間はまだ早いので、北国街道を北へ向かうことにしました。
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