急行 大雪5号

僕がこの列車に乗ったのは、美幌駅から札幌駅まで。洞爺湖・襟裳岬・然別湖・オンネトーと阿寒湖をまわってきた帰りのことです。「大雪」は、「だいせつ」だとばかり思ってましたが、北海道では「たいせつ」と発音します。

当時、石北線の急行は上下5本ずつあり、これは上りの夜行列車でした。この日は、北海道旅行の6日目。僕たちは疲れてたようで、阿寒湖から北見相生までバスに乗りましたが、起きたのはバスの終点美幌。

時間はまだ15時ごろ。大雪5号は美幌駅を22時頃の発車で、時間はたくさんあります。網走へ行ってみるとか、どこか見物すれば良かったのですが、大半を駅の待合室と駅前食堂で過ごしました。みどりの窓口で問い合わせると、B寝台券が1枚だけあったので買いました。弟は寝台、僕は自由席です。

待合室では、漫画の単行本か、道内時刻表を見て過ごしました。たしか、300円だったと思います。名所案内や駅弁、道内各地の名物などが書いてあり、あきませんでした。そのときの時刻表を大切にとっておいたら、と悔やまれます。

北海道の改札制度にも慣れてきて、発車の30分ほど前には改札口に並びます。やがて改札が始まりホームへ。何号車か忘れましたが自由席の札のところに並びます。まもなく、前照灯を明々とつけたディーゼル機関車に引かれ、チョコレート色の客車がホームに停まりました。自分で扉を開けて乗ります。弟は前方の寝台車の方へ行きました。

車内は思ったより空いていて、4人掛けボックス席のひとつに僕は座りました。列車が発車するとき、窓を開けて外を見てました。古い客車でしたが、しっかり二重窓です。列車が動き出すと、霧の中でシグナルが青から赤へ。あとは、霧があるのか晴れたのか、周りは森なのか草原なのか、全く分からない暗黒の闇でした。

遠軽で方向が変わり、後ろ向きに走り出します。窓側に座ってる僕の向かいのオジサンは横になり、足を前に投げ出し、L字型になって寝ています。つまり4人席の3人分をオジサンひとりに占領されてしまいました。

次に目が覚めたのは旭川に停車してるときです。オジサンの足をまたぎ、ホームに降りてみました。空はまだ真っ暗でした。新聞かなにかを積込んだり降ろしたりしてる駅員さん以外、人はいません。寒かったのを覚えてます。

気がつくと、終点札幌駅でした。周りには誰もいません。到着してからしばらく時間がたったようです。弟を起こしにいかなければ、と思ってましたが、弟は既にホームで待ってました。ふたりでホームの洗面所で、冷たい水で顔を洗いました。そらは青空でした。

改札を抜け、外に出ました。久しぶりにみる大都会にちょっとびっくり。時計台と大通り公園しか知りませんでしたが、僕たちは街を散策するため、荷物一時預かり所を探しにいきました。

北海道旅行も今日で終わりです。出発から今日まで車中2泊(十和田52号・大雪5号)、ユースホステル4泊(昭和新山・えりもニコニコ・然別湖畔・野中温泉)の始めての長旅。国語の教科書に出てた昭和新山、歌にもなった襟裳岬、まるでカナダのような東雲湖(当時は東小沼といった記憶があります)など、一生、心に残る旅になりました。

あとは、札幌から帰るだけ。お土産をたくさん買って札幌駅へ向かいました。
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